イギリス大学院 開発学 留学日記 @Manchester

2008年9月よりイギリス、マンチェスター大学院に留学しています。 この日記が、いつか誰かの道しるべになることを♪

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サンファン日本人移住地訪問

論文提出前で忙しく、ご無沙汰していましたが、忘れないうちにボリビアの記事をもうひとつ。

ボリビア調査からイギリスへの帰国は、サンタクルスからでした。
サンタクルス市の周辺には、サンフアンとコロニアオキナワという、日本人移住地があります。

前から興味があったことと、行きの飛行機でそこに住んでいる方にお会いしたため、この機会を利用してサンフアン移住地を訪問しました。

sj entrance sj view
(写真:移住地入り口、周辺の景色)

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ゲバラの足跡を追って (ボリビア イゲラ村)

ボリビアの調査では、ラパス→コチャバンバ→サンタクルスと移動しました。
コチャバンバからサンタクルスへの道すがら、チェ・ゲバラが捕まり最後を遂げたイゲラ村に立ち寄りました。

ゲバラはキューバ革命成功の後、大臣など務めるも、南米での革命を目指しボリビアでゲリラ活動を継続。
しかし、イゲラ村で1968年に捕えられ処刑。享年39歳。
monument guerrilla area
(写真:イゲラ村のモニュメント、ゲリラの戦った地域 標高3000m)

ゲバラの人生については以前から興味を持ち、伝記などを読んでいたのだけど、ゲリラとして潜伏していたValla Grandeとイゲラ村周辺は、本当に人里離れた場所でした。

彼が捕まった時、ゲリラ軍は総勢17名しか居なかったそうですが、この山奥で、どこまで彼は武器による革命の実現を信じていたのか・・・ 

以下、簡単にですが、行きかたなど含めて旅の様子を。
※イゲラ村、地球の歩き方には説明が載って居ない様です。Lonly Planetには簡単に記載がありました

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インディヘナのおばちゃんプロレス(ラパス)

ボリビアの調査から無事帰りました。良いデータが収集できて、嬉しい限りです。
ただ、あと1ヶ月あまりでこのデータを分析してまとめないといけない・・・

今回の調査は現地17日間のうち、高山病で苦しみつつも、データ収集とヒアリングを行いましたが、週末など折を見て、多少観光もできたので、いくつか書いてみます。
調査の内容は、分析後、後日記載しますので。

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tentative park hall el alto

(写真:メルカドの臨時遊園地、プロレス会場、エルアルトからラパス市内を臨む)
まず、ラパスでは現地インディヘナのおばちゃんプロレス(Cholita Wrestring)に出かけました。
毎週日曜日、エルアルト地区のマーケット近くで、4時から開催され、外人料金は50ボリビアーノス(700円)。

話には聞いていたけれど、日本じゃ人権侵害になりそうなほどの、有り得ない光景を目撃!
写真は、メルカドに居そうなおばちゃん→10分後に血まみれ
obachan2bloody

以下、別の試合の模様も・・・

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ラパス到着

lapaz view2 lapaz view1
修論調査地のボリビア、ラパスに到着しました。
高度3400mの高地、高山病で正直参っています。

b kid2 b kid1
ペルーなどから少しずつ上がってきた旅行者は何とも無いようですが、飛行機で直接来たためもあり、頭痛がひどく、倦怠感もあり勉強する気になりません。

高山病の薬は、チョルチとダィアモックスを試してみて、ダィアモックスの方が心持ち効いているようで、数日中に身体が慣れれば良いのだけど・・・

potato minibus llama.jpg
(写真:左 ポテト+肉の煮物屋台50円、中 市民の足 片道20円くらい、右 呪術?に使うリャマのミイラ)

調査の方は、調整をお願いしていた方々から十分な協力を頂き、必要なデータを集めて帰れそうです。
現地に住んでいる方々が居ることで、私の様な学生の調査でも協力していただけるわけで、嬉しく思います。

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リゾート地としてのキプロス

紛争地域としてのキプロスについて書きましたが、もう1つ大きいのは観光地としての側面です。

キプロスは1960年に独立する前まで、イギリスのコモンウェルスに属していました。
今でも公用語として英語が使われ、天気が良く、生活費も比較的安いため、イギリスやヨーロッパから、バケーションや老後のために訪れる人が多いそうです。

高級リゾートや安めのビーチ街なんかも有るのですが、私達はPaphosという町の近くの村落に宿泊し、その町の環境教育を用いた町おこしの様子などを勉強しました。
個人的にはそれほど興味があることでは無かったのだけど、癒される環境だったので、写真のお裾分けを・・・
view yellow flower hourse

bus1 bus2 yellow

purple church blue blue2

(写真:バスの中はクラスメート達、英、スペイン、ガーナ、アフガン、バングラ・・・他国籍)

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キプロスの紛争地帯(分断された首都ニコシア)

フィールドトリップで行ったキプロスは、1974年以降ギリシャ側(南)とトルコ側(北)に分断されています。→歴史
トルコ側は国際的に認められておらず、1人当たりGDPが観光業の盛んなギリシャ側が20,000ドルに対して、トルコ側は7,000ドル程度と発展度合いも異なります。

首都のニコシアは丁度バッファーゾーンが通り、かつてのベルリンの様に30年ほど分断されています。
民間人の行き来も制限されていましたが、昨年から一部ゲートが開き、私達もパスポートをチェックされるだけで南北両方を訪れることができました。

old city  new city  north
(写真:南ニコシア ギリシャ側旧市街、新市街、 北ニコシアのトルコ系機関)

両方のNGOを訪ねたりしましたが、UNDP等の事業で市民レベルでは色々と交流が始まっているようですが、政治レベルの対話がなされるのはまだ先の様でした。

ちなみに、2004年に両方で統合に関する国民投票が行われましたが、発展レベルの異なる地域の合同は問題もあり、「南側は統合案を否定、北側は合意」という皮肉な結果になったそうです。

大学で「紛争解決と再発展」を考える講義を取っていたけれど、政治や国などの根本的な問題に対して、開発学として取り込めることの小ささを感じますね。 まあ仕方ないか・・・

以下、問題の大きさを伝える状況を・・・

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キプロスのBOTプロジェクト

キプロスのField Tripから帰りました。
いつもきままな自由旅行なので、11日間のグループ行動は長く感じましたが、クラスメートとの新密度が高まり良い機会でした。

今回、自分の中での目玉は、BOTで建設中のLarnaka新空港と、既に運営段階に入っているLarnaka海水淡水化プラント訪問
大学のコースで学んだ内容では、PFI事業のデメリット(効率性向上への疑問等)も勉強していたのですが、今回見た様子では問題は発生せず、行政側に有利に進んでいる印象を受けました。

airport tob desalination
(写真:左 新空港内部、右 淡水化プラント)

感想は以下です。

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